版画・日本画・ちぎり絵に使われる和紙と保存方法

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
         

日本では絵画と一口に言っても

美大では油絵以外に日本画版画といった専攻があります。

平面絵画は絵の具以外の表現方法が多様にあり

アイデア次第でどの様な素材も画材として扱えます。

ここでは絵画制作に関する和紙のお話をご紹介します。  

 

和紙の美しさの秘密

和紙は世界中の紙の中でも

自然な強さ美しさを兼ねそなえた独特の紙です。  

この特色は、雁皮などの靱皮繊維を素材とし、

水の働きをかりて、夾雑物なしに

それらの繊維のみで紙を形づくる製法にあります。

 

この製法は「流し漉き」とよばれています。  

 

日本では繊維の長さが1センチ前後で

からみやすく、自然の状態のまま紙の原料に

最適の楮がいたる所に生えていました。  

 

それを株から毎年、一年生の枝を刈り取り、

繊維の質をそろえるなど入念な手間がかけられていました。

 

こうして繊維の持つ強さ素材感を 強調する紙づくりが発展しました。

 

   

日本画に良い和紙とは

日本画は、技法的にはひろく世界にゆきわたった技術です。

天然の岩石植物動物などから色素をとりだし、

それを動物に含まれるコラーゲンの膠(にかわ)と練り合わせて描く絵画です。  

 

古代エジプトの壁画や ヨーロッパでのイコン絵画、

インド、中国など膠を使ったは絵は知られています。  

 

しかし、この世界的な技術も、

油絵などの新しい絵具の出現で、

現在はごく限られた地域のものとなりました。  

 

日本画は岩壁、土壁、板、絹、革など さまざまな物に対応できますが

その中でも和紙は、堅牢さや紙肌の美しさの特徴を持ちつつ

絵の具を厚く塗ったり、紙肌の質感を生かすこともできます。    

 

室町、桃山、江戸時代に使われた紙は、

雁皮を材料としたものが多く、

金箔の発色の美しさや、

紙肌のきめこまかさが好まれた時代もありました。  

 

現在の日本画に多く使われている紙のなかでは、

雲肌麻紙が知られています。  

 

昔より絵の具を厚く塗る日本画も主流になっているため

厚塗りの岩絵の具に対応するために厚い麻紙を使用します。  

 

日本画家それぞれの描き方によって表現技法が異なるため

注意しなければ表現技法を重視するあまり

支持体の和紙が傷むことにもなります。

自分の描き方に合わせて和紙を選ぶと良いでしょう。

 

   

貼り絵・ちぎり絵に使われる和紙とは

ちぎり絵・貼り絵に使う和紙はどのような和紙でも大丈夫です。  

 

出雲紙
主として三椏の厚紙。 そのままちぎって不透明色の特性を生かしたり、 薄く剝いで薄葉紙の効果を利用します。
 

石州紙
縦ざきで使う場合、最も効果があります。
 

因州紙
大因州の手漉き無地紙はちぎりに最適です。 いなばのぼかし染めは、独特の表現ができます。
 

土佐紙
薄手の典具帖は、単独で水彩画効果をはじめ、 単色を重ねて明から暗へのグラデーション、 異色を重ねて中間色効果 など、多様に利用できます。
 

美濃落水紙
土性紙に比べて目が密で色彩も豊富です。

   

 

ちぎり絵はちぎったときにできる

「毛羽立ち」を大切にするので

古い時代から使われている三椏の手漉き紙が多く使われます。

 

切り絵は楮・三椏の他に切れ味のよい雁皮紙なども使われます。

 

   

版画に使われる和紙とは

17世紀オランダの画家レンブラント

日本の鳥子紙(雁皮)銅版画を刷っていました。  

 

ドライポイントの技法(銅版に直接針で描く技法) による、

たっぷりと柔らかい黒の階調

雁皮の紙質がどの紙よりも よく刷りとったからです。    

 

現代ではドイツのヤンセンという画家も

日本の雁皮紙エッチング

という腐食技法で銅版画を刷りました。  

 

和紙に版画を刷ると洋紙では得られない

潤いのあるしっとりとした刷り上がりが魅力です。

 

浮世絵の多くは、

楮を原料として漉かれた和紙に刷られました。

 

長くて太い繊維が強固にからみ合った丈夫な紙質は、

バレン(上の写真のものです。小学校で木版画を刷るときに使う丸型の茶色い竹の皮でできたあれです。)でかかる圧力

いろいろな刷り方によく耐えられました。  

 

和紙の魅力

版画日本画などで使用される和紙は

水性の墨絵の具を適度に吸収して

内部から発色してくるという温かみのある

優美な美しさが特徴です。  

 

コットンパルプを原料としている洋紙

繊維が非常に細かく 短く緻密にからみ合っているため

細密で厳格な画像を刷りとるのに有利です。  

銅版画リトグラフに向いています。    

 

一般的な和紙は、

太くて長い繊維が からみ合って漉かれているために、

細密な図像は線がとぎれてしまったり

油性インキの粘り気

刷り上げてから紙を剥がすとき

紙むけをおこしたりすることがあります。  

 

日本の和紙は、木版画に代表される

凸部につけたインキや絵の具を刷りとる

凸版形式や水性インキに向いています。    

 

和紙の中でも 三椏や、

雁皮の繊維は油脂分を付着させやすい 性質を持っています。  

 

この性質を利用して日本の銅版画家には、

洋紙に雁皮を貼りこみながら刷る

「雁皮刷り」という刷り方で、

独特な効果を持たせている画家もいます。    

 

シルクスクリーン版画は版画の中で最も紙質を選ばない技法です。

布に刷ってオリジナルデザインのテキスタイルを作るデザイナーもいます。

美大によってはテキスタイルのシルクスクリーンは

工芸科に分類されたり

デザイン科に分類されたりしています。

   

 

文化財修理に使用される和紙とは

実は文書などを保護するために

和紙が多く使用されています。  

 

和紙の持つ強さとは

破れにくい 折れ曲げを繰り返しても破損しない

などの強靱さにあると思われています。  

 

しかし、

実際には、和紙の持つ

柔軟性や安定性

を利用されることの方が多いんです。  

 

単に強度のことだけでいうと

数ヵ月から10年程度の期間であれば、

加工されたパルプ紙の方がずっと強度が高いです。  

 

しかし、文化財の保存を考えた場合、

100年を一応の目安としなければいけないのです。  

 

また、和紙を使って修復されるような文化財の

ほとんどは大切に取り扱われています。  

 

雨に打たれたり 太陽に曝されたりしない場所に静置されたり、

壁に吊り下げて鑑賞され、保管されます。  

だから、そんなに強くなくても大丈夫なんです。  

 

しかし、100の強さが10年で

10分の1になってしまうような紙は不向きです。

 

30の強さが100年経っても20以上残っている紙が求められます。

和紙はこの目的にかなっています。  

 

さらに、急激に強さが低下するような紙は、

たいていが紙の劣化を促進する原因を含んでいるか、

生成してしまうことが多く、

それらの原因が文化財に直接的か間接的に悪い影響を与え

文化財そのものの損傷を早めることがあります。    

 

ヨーロッパで利用されている和紙

ヨーロッパの図書館・博物館・美術館付属の修復部門

紙に描かれた絵画、

書写された文書、

印刷された版画

などの破損を修復するときには、

薄い和紙が多く使用されています。  

 

ヨーロッパの紙は、

和紙に比べて厚く ごわごわしているので、

その表面薄い和紙を張りつけても

本来の紙の雰囲気をほとんど変えることがありません。  

 

和紙は、ヨーロッパの紙に比べて

透明性が良いため

たとえ印刷物の上に

全面的に張りつけても

和紙の下になった文字が読めなくなることはありません。  

 

楮の紙も透明性がありますが、

雁皮の紙がもっとも透明性が高いので、

彩色のある本の修復には良く使用されます。  

 

厚い和紙は、

本のページを支えるところに使われます。

 

ヨーロッパの本は、

紙を二つに折った折り目に沿って

綴じ糸で縫い合わせて製本されていて、

その折り目が傷むことがよくあります。  

 

和紙は、柔らかくて 折り曲げても破れにくいため、

本の修復に向いています。 

 

油絵壁画の修復に和紙が使われる場合は、

和紙の持つ強さが一時的に利用されます。  

しかし、その場合でも

柔軟性と安定性があるからこそで、

画面の凹凸に良く馴染み

画面に対して悪い影響を与えない

安定性が求められるからです。  

 

キャンバスに描かれた油絵を支持体(支えているもの)麻の布ですが、

その布が弱った場合は、

新しい布と取り替えたり、

新しい布を古い布の裏面にさらに貼り重ねて

修復しますがその修復の間

画面を保護するために紙を張りつけておきます。  

 

美術館教会に飾られている油絵や壁画の中には、

画面に短冊の形をした和紙が貼ってあるものがあります。  

 

油絵の絵具層が剥がれ始めていることが発見されると

修復の順番を待つ間に、

剥離が進行しないように臨時で和紙を張りつけています。    

 

 

和紙の保存方法

原料の楮、三椏、雁皮の靭皮から

繊維を取り出すためには

靭皮をアルカリ性の液で煮ますが、

木灰、石灰などの弱い薬品を使うか、

水酸化ナトリウム(苛性ソーダ)などの

強い薬品を使うかで

繊維の傷み方が違います。  

 

木灰、石灰ではアルカリ分が残留しやすいため、

できあがった紙は弱アルカリ性となり

酸から紙を守る効果も期待できます。  

 

紙を白くするための漂白剤を使用すると

さらに繊維を傷めることになりますが、

マイルドな処理をすると

靭皮の中の傷害部などの 変色部がそのまま残りやすく、

それらの処理をして

綺麗にしようとすると

間がかかるので、紙の価格は高くなります。  

 

タイコウゾ樹脂を多く含むので、

強い薬品を使用せざるを得ず、

保存性の良い紙をつくるには 適さないと言われています。  

 

洋紙などに使われる木材パルプ

さらに強い化学処理を受けて

製造されているため

多量に混合すると保存性に悪影響を与えます。

 

紙の劣化

水、酸素、光、熱

紙の劣化の原因になります。  

 

紫外線は繊維を直接傷め、

熱(高温)は劣化を速めたり、

紙を乾燥させて害を生じさせます。  

 

夏の暑さや、冬の暖房などには注意が必要です。    

 

他にも湿度の高い所に紙を置いておくと、

カビなど微生物による損傷をうけます。  

フォクシング
褐色の斑点ができ、水が均一に浸み込まなくなる「カゼひき現象」のこと。 微生物が原因で引き起こされます。
   

対策としては 相対湿度60~70%を超えるような

湿度の高い環境に紙を保存しない事です。  

 

紙の劣化は「酸」と「水」による

セルロースの酸加水分解であると考えると、

湿度が低い方が紙中の水分量が少なくなるので望ましいことになります。    

 

紙の保存には 湿度の変化による影響や、

ほこりなどから 紙資料を保護する方法として

「箱」に入れる方法が推奨されています。

 

桐箱だけでなく中性紙で作った紙箱にも

保護作用が認められています。  

 

箱に入れる際の注意点は、

紙が湿気ている状態で入れてしまうと

逆に悪い条件を長く保つことになってしまう事です。    

 

 

まとめ

今回は版画、日本画、ちぎり絵についての和紙と和紙の保存について紹介しました。 和紙は楮・三椏・雁皮・麻紙など原料によってそれぞれの風合いと特徴を持っています。 自分の制作に使用する絵の具・インクがどの様なものか どれくらいの量を紙の上に乗せたいのかなどを考えて紙を選ぶと失敗が少なくなります。
   

 

 

参考文献

書籍

久米康生.『すぐわかる和紙の見分け方』.株式会社東京美術,平成15年,136p

全国手すき和紙連合会.『和紙の手帖』.株式会社わがみ堂,2002年,136p

全国手すき和紙連合会.『和紙の手帖Ⅱ』.株式会社わがみ堂,1996年,180p  

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

SNSでもご購読できます。