九相図の10番目!?仏教美術の妖しくも美しい死の絵画を解説

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         「九相詩絵巻」第六段 食噉相

日本の美術史を語る上では仏教美術は切っても切れないものです。

その中でも今回は

「九相図」についてお話しします。

サムネイルの出典は

『中世仏教絵画の図像誌 説教絵巻・六道絵・九相図』より「九相詩絵巻」第六段 食噉相(大念佛寺)

 

 

九相図って何?

「九相詩絵巻」第五段 噉食相

出典『中世仏教絵画の図像誌 説教絵巻・六道絵・九相図』より「九相詩絵巻」第五段 噉食相(九州国立博物館、山﨑信一撮影)

九相図(くそうず)
死体が腐敗し白骨となるまでを九つの場面で表すもの。

その典拠は古典にあり、 九相観という肉体への執着を滅却するために 死体が朽ちて骨になるまでを 観相する修行に用いられる図像。

 

ここでいう観相とは簡単に言うと

イメージトレーニングのことです。

 

身体を安静に保って

心を落ち着け思考を深めることを瞑想と言い、

観相とは

瞑想の一種で

具体的な形象を心に想い浮かべることです。

 

特定の対象に意識を集中して

その形象を通じて

物事の本質を捉えることを指します。

 

 

九相図は

肉体が消滅する過程を九つに

鮮やかに切り取った即物的モチーフの上に

生と死

性と生

聖と俗

美と醜

男と女

といった対極的な世界の境界が立ち現われています。

 

日本においては世俗の文芸とも

深く結びついていて
漢詩和歌に詠まれていました。

室町時代には漢詩、和歌、九相図を組み合わせた
「九相詩絵巻」
も登場します。

 

九相図はこの世に一つしかない作品のタイトルではありません。

作者の違う複数の九相図が存在しています。

 

 

九相観って何?

九相“図”とは絵のことですが
九相“観”とは
身体の不浄を観想(イメージトレーニング)する不浄感の一部です。

 

九相観は

悟りの妨げとなる自他の

肉体への愛染を除くため、

肉体が執着するに値しない

不浄なものと知るために、

死体が腐敗し骨となって朽ち果てていく様相

九つの段階に分けて観想することを九相観と言います。

 

なぜ九相図には女性が描かれるの?

日本の九相図にはほとんどの場合

女性の死体が描かれてきました。

 

九相観を行う主体である男性出家者にとって

性的煩悩の対象は主に女性であるからです。

 

九相図に女性が描かれている理由もこのためで

高貴な女性、美しい女性の肉体

徐々に腐敗し醜悪な姿に変化していくからこそ

九相図は煩悩を退ける図像として力を発揮していました。

 

九相観を行うことで

どんなに美しい容姿も

汚物の上の仮の姿で覆い隠しているようなものであると知り

淫欲を防ぐことができるとされていました。

 

 

「摩訶止観(まかしかん)」って何?

九相観を説く経典はさまざまありますが

なかでも日本の九相観に直接的な影響を与えているのは
「摩訶止観(まかしかん)」です。

止観とは瞑想の事を指します。

その具体的な方法を
止  心の動揺を止めてものごとの本質に到達すること
観  ものごとを真理に即して正しく観察すること
に分ける概念です。

 

九相観とは
脹相(ちょうそう)
壊相(えそう)
血塗相(けちずそう)
膿爛相(のうらんそう)
青瘀相(しょうおそう)
噉相(たんそう)
散相(さんそう)
骨相(こつそう)
焼相(しょうそう)

の順序で観想することを説きます。

しかし

鎌倉時代の九相図には焼相は描かれていません

九相観から焼相を除外するのは

「摩訶止観」特有の思想であり、

他経典には見られないものです。

 

焼相に進まずに第八番目の骨相でとどまって

修行を続ける「不壊法」の九相観こそが
煩悩滅却を可能とするすぐれた方法として奨励されていました。

 

焼相を行う
「壊法」の九相観は、

観想すべき対象としての骨を焼滅させ

苦しい修行から逃れてしまうことになるため

不適切であると退けられていたのです。

 

摩訶止観における九相図 1番から9番までの内容

「九相詩絵巻」第九段 成灰相

出典『中世仏教絵画の図像誌 説教絵巻・六道絵・九相図』より「九相詩絵巻」第九段 成灰相(九州国立博物館、山﨑信一撮影)

摩訶止観の記述を見てみると

1 脹相
これらの死屍は、顔色が黒ずみ、身体は洪直して手足が花を散らしたようにあちこちを向く、

膖脹した身体が風をはらんでふくらんだ革袋のようである。

九つの孔からは、汚物が流れ溢れ、はなはだ穢れ醜悪である、行者はみずから

おもう、我が身もこれと同じであるし、未だ愛着を断ち切ることのできない

愛人もまた、これと同じである。この相を見れば、心が少々定まり徐々に落ち着くのである。

2 壊相

またたく間に、この膨脹した屍は、風に吹かれ日に曝されて、皮や肉が破れ壊れ、身体が

坼裂して形や色が変わってしまい、識別不可能となる。これを、壊相と名づける。

3 血塗相

また、坼裂したところから血が溢れ出る。あちこちに飛び散り溜り、所々を斑に染める、溢れて地面に染み込み悪臭が漂う、これを血塗相とする。

4 膿爛相

また、膿爛し流れ潰える死体を見る。肉が溶けて流れ、火をつけた蠟燭のようである、これを膿爛相と名づける。

5 青瘀相

また、残りの皮やあまった肉が風や日に乾き炙られ、臭く腐敗し黒ずむのを見る。半ば青く半ば黒ずんで、痩せて皮がたるんでいる、これを青瘀相とする。

6 噉相

また、この屍が狐・狼・鴟・鷲に噉食されるのを見る、肉片を奪い争い、引き裂いて散り散りになる、これを噉相とする。

7 散相

また、頭と手が異なるところにあるのを見る、五蔵が散らばってもはや収斂しない。

これを散相とする。

8 骨相

また、二種の骨があるのを見る、一つは膿膏を帯び、一つは純白で清浄である。ある時は一具の骨で、またある時は散乱している。

9 焼相

摩訶止観には名称だけで具体的な記述はありません。

とこのように記されています。

 

 

10枚の絵で描かれた九相図巻とは

「九相図巻」第二段 新死相

出典『中世仏教絵画の図像誌 説教絵巻・六道絵・九相図』より「九相図巻」第二段 新死相(九州国立博物館、山﨑信一撮影)

無常の概念が九相観のもう一つの重要なポイントです。

肉体の不浄よりも、

万物や人生の無常に関心が向けられています。

 

鎌倉時代に描かれた九相図は

九相図巻六道絵の二つがあり、

どちらも摩訶止観に基づき描かれています。

 

 

鎌倉時代に描かれた、九相図巻は全十段で構成されており

第一段に生前の姿が加えられています。

これを生前相(せいぜんそう)といいます。

10番目に追加されているのではなく

1番目の脹相の前に生きたその人の姿が描かれています。

 

全十段で描かれた九相図は

江戸時代に増えます

中世に遡る作例としてはこれしかありません。

 

なぜ生前相が描かれたのか

鎌倉時代に描かれた九相図の生前相は

やまと絵の表現パターンとは異なり

 

  • 細い線を引き重ねた目
  • くの字の鼻
  • 小さく引き結んだ唇
  • 現実に寄せて描く、似絵の表現

で描かれています。

 

似絵は平安時代末期に登場し

鎌倉時代を通じて流行しました。

 

似絵の表現とは
細く短い淡墨線を引き重ねて輪郭を表す

上瞼と下瞼を分けて描き黒目を点じる

小鼻を描く

上唇と下唇を分けて描き歯をのぞかせる

といった表現で描かれています。

 

この様な描き方によって

現実感を鑑賞者に与えることができる表現方法です。

 

しかし、この現実感とは

実在の対象をあるがままに描く

という事ではありません。

 

 

三十六歌仙の様に似絵の制作目的

「そうあるべき理念や理想を体現している人物の姿や振る舞いを通じて表す」事なのです。

 

九相図とは男性の煩悩滅却を目的として

用いられる図像であるとされています。

 

九相観を行う主体である男性にとって

若く美しい高貴な女性を描く事で

リアルな煩悩が可視化されているのです。

 

それだけでなく

女性鑑賞者には自己投影も喚起する事ができます。

女性の教化の方便にも利用されたのでは無いかと考えられています。

 

 

鎌倉時代に不浄と無常の図像として完成した日本の九相図は

その後も多くの作品が描き継がれています。

その中で特定の女性の名前との結びつきも生まれました。

いずれも仏法を庇護した高貴な女性でした。

 

さらに美貌と和歌の才能に溢れた小野小町も登場し

女性の騎慢を戒める図像であったとも考えられています。

 

新死相とは

九相図巻では

第二段で新死相(しんしそう)が描かれています。

 

摩訶止観では新死相を九相に加えていません。

死んだばかりの肉体は未だ生前と変わらない容姿を保っているので

観想の対象にならないという考えがあるからです。

 

しかし

新死相が重要であるとも記述されており

その点を汲み取って描かれたのでは無いかとされています。

 

美しさや生前の女性の身分の高さを

匂わす生前相や新死相を描くことで

腐乱死体との

美しさと醜の対比が強く表現されます。

 

 

九相図巻における絵画的表現

「九相図巻」第八段 噉相

出典『中世仏教絵画の図像誌 説教絵巻・六道絵・九相図』より「九相図巻」第八段 噉相(九州国立博物館、山﨑信一撮影)

脹相

皮膚の黒変を表すために

茶色の絵の具に淡墨を重ねて陰影を描く。

皮膚の所々に赤い絵の具で

うっすらと血をにじませる。

髪は墨のかすれを生かしながら一本一本を描き込む。

閉じた目は生前の面影をかすかに留める死に顔を表す。

壊相

前段と良く似た表現ですが

皮膚はますます黒ずみ

あちこちが裂けて血が滲み出す。

目を見開き、口はだらりと開き

生前の面影を辿る事は出来ない。

乾燥した頭髪がくるくると縮み始める。

血塗相

暗褐色の皮膚の所々に緑青を薄く塗り、

皮膚の裂け目から腐乱が始まっている事を示す。

口元からは舌が垂れ下がり

飛び出した眼球の片方は失われている。

膿爛相

肉や内臓が溶けて流れる。

鼻は崩れ骨が見える。

内臓がはみ出し、

肉の柔らかい部分を無数の蛆が食む。

青瘀相

ミイラ化した死体の乾燥し

黒く固まった肉を墨の濃淡で表現する。

乾燥した髪が全身にまとわりつく。

干からびた乳房がだらりと垂れている。

噉相

赤や黄色などの鮮やかな色が用いられ、

動物に肉片を奪い合われ

引き裂き散り散りになる躍動感あふれる絵。

朱、丹、黄土、墨、白色顔料による点描で

色を混色することなく微妙な色調を表現している。

散相

頭と手が異なるところにあり、五臓が散らばっている。

これ以前の絵が経文に対して忠実であったのと比べると

経文からの隔たりが大きい絵になっている。

第八段と第九段の間で場面が一つ脱落してしまったようにも感じます。

骨相

摩訶止観では赤味の残った一つつながりの骨と

純白でバラバラに散乱した骨の2種類に分けて説かれている。

二つの事を一場面の絵に収めることは難しいため

九相図巻では

第九段に赤味を帯びた一つながりの骨を描き、

第八段からまたがって

猛禽が運んできた内臓や

骸骨の右肩に残る皮膚の一部を描き込むことで

散相の要素も兼ねている。

 

第八段から第九段にかけて

散相の要素分割的に表現されていると考えることもできる。

 

第十段では

骨相の後半部分として

摩訶止観では噉相から骨相まで絵にすると

四場面必要なところを

九相観図では

三図にまとめている可能性があります。

 

摩訶止観では

焼相を取り入れていないので

九相観図でも焼相は描かれていません。

 

 

九相詩絵巻とは

「九相詩絵巻」第五段 噉食相

出典『中世仏教絵画の図像誌 説教絵巻・六道絵・九相図』より「九相詩絵巻」第五段 噉食相(佛道寺)

室町時代の後半、北宋時代の文人・蘇軾(そしょく)

九相詩と九相詩を詠んだ和歌詩書に持つ

九相詩絵巻が成立しました。

 

土佐派の描く九相詩絵巻

現存する最古の作例で1501年の年記を持っています。

九州国立博物館所蔵の九相詩絵巻です。

 

発色の良い顔料、金銀泥も使用されています。

淡彩による瑞々しい動植物、

透明感のある霞や山並みなど

叙情性あふれる優美さが特徴です。

 

これらの自然景と調和的に描かれることで

死体の生々しさも緩和されています。

 

狩野派の描く九相詩絵巻

1527年の年記を持つ大念佛寺の九相詩絵巻。

 

金泥の下絵を施すなど拡張高い個々の図像

鎌倉時代の九相図巻などと共通点が多い特徴があります。

 

濃い顔料で彩られた霞や山稜によって

画面を構築するのは

やまと絵の伝統的技法です。

 

土坡や樹木の幹に水墨の皴(しわを施して陰影を強調する狩野派ならではの特徴)

第九段の松は強い輪郭線墨の濃淡

樹皮の質感や立体感を描き出していて

土佐派の丸みを帯びた松とは違う描画方法が見られます。

 

大念佛寺の九相図にある特徴的なポイントは

第九段に男性の姿が描かれている事です。

 

松の木の下で直衣を着けて

五輪塔や卒塔婆の前で悲しんでいる男性です。

 

これ以前の作例にはないモチーフです。

いくつか解釈がありますが、

この男性は九相図の絵と一緒に書かれた

漢詩と和歌の読み手とも考えられています。

 

 

近世初頭までの九相図の作例

「九相詩絵巻」第一段 新死相

出典『九相図をよむ 朽ちてゆく死体の美術史』より「九相詩絵巻」第一段 新死相(佛道寺)

九相図という作品は以下のようなものがあります。

  1. 滋賀県 聖衆来迎寺蔵「六道絵」
  2.  個人蔵「九相図巻」この作品のみ十場面ある。
  3.  九州国立博物館蔵「九相詩絵巻」1501年
  4.  大阪府 大念佛寺蔵「九相詩絵巻」1527年
  5.  東京大学国文学研究室蔵「九相詩絵巻」
  6.  滋賀具 佛道寺蔵「九相詩絵巻」1651年
  7.  大阪府 久修園院蔵「九想観法図絵」1688年
  8.  早稲田大学図書館蔵「九相詩」

中世から近世初頭までの九相図作例や

九相詩を比べてみると

個人蔵の「九相図巻」以外は新死相から始まっています。

 

上記の中では唯一

個人蔵のものは生前相が描かれて十場面あります。

他の7つの九相図は九場面で描かれています。

 

どの九相図も新死相以外は

微妙に呼び名が違っていたりして

 

肪脹相と脹相

壊相が無く肪脹相の次が血塗相になるなど

第九相が骨相であったり

成灰相や古墳相になっているなど

場面の切り取り方は様々な様です。

 

「九相図」と「九想図」の二つの表記の源流は仏典にあります。

 

相〈イメージ〉は眼で見た世界

想〈イマジネーション〉は心の中にある世界

を指します。

 

土佐派の九州国立博物館「九相詩絵巻」のモチーフについて

特徴は屍の周りに咲く草花です。

 

第一相の新死相では

画面前面に桜と柳が描かれています。

 

大阪府の大念佛寺蔵「九相詩絵巻」のように

人生の春秋ということを意味する紅葉を描き

無常観を促す図様も多い中、

九州国立博物館の「九相詩絵巻」は

春から初夏への自然の推移が描かれています。

 

桜は花弁がやや文様的で、

花が散り初め若葉が出始めた頃

柔らかい葉や茎を描き出しています。

 

柳の葉の部分には数本の緑線を重ねて形が作られています。

 

第二相の肪脹相では

屍の腹部上部に赤い実丸い葉のサルトリイバラ

肩の下の赤い実黒い点打たれた野イバラ

髪の先には野菊

周囲には紫色の花はリンドウがあります。

 

第三相の血塗相では、

屍の左横に薄と荻が群生し、

右横には萩、蘆(あし)、薄が群生しています。

 

第四相の肪乱相では、

緑でが描かれており、薄の群生が添えられています。

 

第五相の噉食相では

左奥に大樹があり、

白骨の周囲にはイネ科の植物と芽生え初めの薄が描かれています。

 

第六相の青瘀相では、右には古墳らしき小山、

その二つの小山には薄の群生

その下の右足骨の先には野菊と薄が描かれています。

 

第七相の白骨連相は、

画面左に大松と二つ重なる土饅頭の古墳があり

その下に並ぶ丸い岩には

群生する薄とトベラ熊笹が描かれています。

 

第八相の白骨散相では

遠く連なる山林が描かれ

白骨の周辺には薄、萩、野菊が群生しています。

 

第九相の成灰相は、

背後に松樹が数本生える小山が連なり、

五輪塔には蔦風の植物がからまり

その下に熊笹と黄色い野菊

卒塔婆に絡まる蔦

下には黄色い龍脳菊とヨモギが描かれています。

 

屍も細かく描写されていますが

草花の表現も四季を意識し、

第一相が春から夏

第五相が早春である以外は全て秋のモチーフが描かれています。

第二相が晩秋、第三相が初秋といったように

季節順に並んでいるわけではありません

 

描かれている草花は、

全て河原の干潟の植物です。

つまりこの絵は屍が河原に棄て置かれている

というシチュエーションを明確に意識して描かれているのです。

 

 

草花の描き方は輪郭線を意識しておらず

しばしば見られる輪郭線は

おだやかで鋭利さはなく

草花全体は柔らかく風になびいています。

 

こまやかな表現は昆虫の描写にもあり、

第四相では無数の蟻や金蠅、蛆が群がり

金蝿一匹一匹の胴部に金泥が点じられています。

 

昆虫の体部の一部や輪郭に

金泥を施すことは滋賀県の聖衆来迎寺蔵「六道絵」や

中国毘陵の草虫画にも見える伝統的な表現法の可能性があります。

 

金泥は土坡にも見られます。

第八相の左側には銀泥で雨を降らせています。

 

これらの自然物に対する細やかな表現によって、

画面にはしみじみとした情趣が漂っています。

咲き乱れる草花の表現には無常感を表す

という意図があるとされています。

 

第六相の日輪、第四相の月輪

もともと詞書の内容に沿ったものですが

日輪と月輪も無常感を表すモチーフと考えられています。

 

聖衆来迎寺蔵の「六道絵」のような

緊張感はなく、

柔らかく親しみやすい表現で統一されています。

 

狩野派の大念佛寺「九相詩図巻」のモチーフについて

第一新死相は、

屍の左右に無常観を象徴する紅葉が描かれています。

幾層にも重なる変化に富んだ霞は狩野派の特徴でもあります。

 

第二肪脹相は、頭髪の近くに中国画の藻魚図のような同定不能の葉叢

下辺には熊笹とサルトリイバラ

 

第三血塗相は、

頭上には大樹、足下には左からリンドウ、リュウノウ菊、コマツナギ。

 

第四肪乱相は、

頭の横に卒塔婆があり、それにがからみついています。

 

第五青瘀相は

周りにはナズナやタンポポ、スミレが咲いています。

岩場の折れた卒塔婆や五輪塔の奥には

牡丹が覗いています。

 

第六瞰食相は、

奥に墓場の寒々とした光景として、卒塔婆や五輪塔が

描かれ水場のような建物の屋根があります。

 

第七白骨連相では、

通常背景は墓場や枯れ野ですが、

雪山という極めて珍しいシチュエーションが描かれています。

 

第八白骨散相は、

周囲には茶色いシダ緑のオモトのような下草を描かれています。

 

第九成灰相は、激しい雨が降り注ぎ、

前には立派な五輪塔と朝顔の絡まる卒塔婆。

しかし

松樹に絡まる紅葉した葛朝顔とは季節が合いません。

 

 

大阪府の大念佛寺蔵「九相詩絵巻」の表現には

九州国立博物館蔵の「九相詩絵巻」のような

情趣性はほとんど感じられず、

屍のこまやかな描写もなく、

草花も無常観を醸し出すような繊細なものではありません。

 

秋の草花が多いものの、

第九相のように季節の異なる植物が混在するなど

季節感への厳密性はありません。

 

第七相の雪山は他の九相図には見られず

珍しいのですが、

シチュエーションの連関はあまり感じられません。

 

しかし

各図の上方には狩野派風の細く幾層にも連なる

霞がたなびき霊異感を醸し出しています。

 

 

現代に描かれる九相図

「六道絵」第一幅 部分

出典『中世仏教絵画の図像誌 説教絵巻・六道絵・九相図』より「六道絵」第一幅 一部分のみ(出光美術館)

現代でも九相図をモチーフに制作された作品があります。

 

日本画家の松井冬子さんは九相図を構想しています。

2004年に「浄相の持続」

2006年に「成灰の裂目」

2011年に「転換を繋ぎ合わせる」「應声は体を去らない」「四肢の統一」

を完成させています。

 

山口晃さんの九相図は

2003年に「九相圖」というタイトルで

キャンバスに油彩で描かれた現代アートです。

馬とバイクが合体した

馬バイクをモチーフに

朽ちていく様が描かれているユニークな作品です。

 

漫画では「呪術廻戦」に九相図をモチーフにしたキャラクターが登場しますね。

主人公と因縁のあるキャラクターで今後も活躍が期待出来る人物として描かれています。

 

まとめ

今回は九相図についての解説でした。

主に画家として九相図に描かれているモチーフや描き方に関する部分を中心にしました。

 

・九相図とは死体が腐敗し白骨となるまでを九つの場面で表すもの

・10番まである九相図は江戸時代に増えたがそれ以前の10番までの九相図は個人蔵の「九相図巻」のみ

・作例によって1から9の場面の名称は異なる

・背景や屍以外のモチーフも美しく繊細に描かれている

 

 

参考文献

書籍

山本聡美.『中世仏教絵画の図像誌 説教絵巻・六道絵・九相図』.株式会社吉川弘文館,2020年,476p

山本聡美.『九相図をよむ 朽ちてゆく死体の美術史』.株式会社KADOKAWA,平成27年,251p

山本聡美,西山美香.『九相図資料集成 死体の美術と文学』.有限会社岩田書院,2009年,246p

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